神様に愛される子どもたちの園

横浜駅に程近い、自然豊かな小高い丘の上にあるキリスト教の園です。

認定こども園捜真幼稚園2018年7月園だより

2018年6月26日(火)
失くしたお財布

その出来事は、"結婚式"という華々しい幸せいっぱいの日に起こりました。親戚と別れ、軽くお蕎麦でも食べて帰ろうとタクシーに乗り込みました。「あれ、お財布がないな・・・」主人のつぶやきに、それまでの華やいだ雰囲気は一変しました。失くした可能性のある所に電話をし、連絡を待ちました。心の中がモヤモヤし、落ち着かない状態でした。でも希望はありました。"明日にはきっと見つかる"と・・・。

次の日、教会の後、ドキドキしながら昨日行ったところをめぐってみました。車を降りて心配そうに歩いていく主人を見ながら、私は手を組んで声を出して祈りました。「神様、どうか見つかりますように。これから気を付けます。どうかお許しください。私たち家族を憐れんでください。」隣で、娘も祈り始めました。「神様、どうかお財布を出してください。今回だけ、今回だけ出してください!もう落としませんから!!」今思うと笑ってしまうような祈りですが、その時は真剣でした。お財布には、免許証はなかったものの、クレジットカード数枚、群馬のホームにいる母のためのお金がはいっていました。決して嬉しそうではない表情で戻ってきた主人の姿に、私も娘もがっかりしました。すぐそばに交番があり、そこにも行ってみると主人が言うと、娘が「私も行く!」と飛び出していきました。ひとつひとつ希望が消えていく中、そんな中でもお腹はすき、お通夜のような昼食をとり家に帰ろうとしました。このまま家に帰ったら、夫婦喧嘩が勃発してしまいそうだと考えていると、娘が公園で遊んでから帰りたい、というので車を停め、三人で公園にむかいました。家で心配していた母のことを思い出し、私は携帯を手にとりました。見つからなかったことを伝えると、母は思いもかけないことを言いました。「タクシー会社には電話した?タクシーの中で、探しているうちに落としたとか、手にしていたのに座席に置いちゃったとか。飲んでいるときは何しているか分からないものよ。」その後、だめもとでタクシー会社に電話をしました。お財布の色、形、メーカーを伝えると、カードに記載されている名前を聞かれました。主人の名前を伝えると、「あっ、これですね。」と言われました。私は娘と遊んでいる主人のところまで走り、背中を思いっきり叩き、声にならない声で「あった!」と言いました。すでに泣いていた私を見て、娘もお財布が見つかったことを知り三人で抱き合って喜びました。その後、磯子のタクシー会社でお財布を受け取り、感謝して岐路につきました。「今日は乾杯だね。パパ、次は出てこないから気を付けてね!」という娘の言葉に、反省している主人でした。

見失った羊を見つけ出した羊飼い、放蕩息子を迎えた父親の喜びを、私たちも日常の生活の中で味わうことがあります。私も今回、これほどまでの喜びなのかと、御言葉をあらためて味わうことができました。見つかるように祈りつつも、私の心には常に"見つからないかもしれない"という思いもありました。葛藤の中で、主人を責める気持ちがふつふつと沸き起こり、でも一番辛いのは主人なのだとその気持ちをおさめ、また葛藤し・・・。

聖書が教えてくれる喜びは、単なる嬉しさ楽しさではなく、羊飼いや放蕩息子の父親もきっと味わったであろう胸がつぶれそうなほどの葛藤、ひれふすような祈りから生まれてくるものなのではないでしょうか。

"あなたはわたしの神、あなたに感謝をささげる。わたしの神よ、あなたをあがめる。
   恵み深い主に感謝せよ。慈しみはとこしえに。"詩篇118:28,29 

主幹保育教諭  黒坂綾子
        

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