神様に愛される子どもたちの園

横浜駅に程近い、自然豊かな小高い丘の上にあるキリスト教の園です。

2017年9月 4日(月)
"情熱"?それとも"穏やかさ"?
実家のリフォームが始まり、重い腰を上げて自分の部屋に残していたアルバムや、思い出の品々を片付けることにしました。早く片付けたいと焦る気持ちはあっても、ひとつひとつのものを見入ってしまい、思うように進みません。特に、高校3年生の時に仲間と作り上げた脚本は思い出深かったです。最後の文化祭のために仲間と劇団を結成し、脚本を書き、全てのことを素人が手作りで行ないました。あの時のあの情熱、ひたむきに夢中になった日々がよみがえってきました。脚本は、私を含めて3人で書きました。何度もディスカッションを重ね、イメージを共有して書き上げました。洋服が好きな友だちは衣装を担当し、音楽好きの友だちは音響を担当し、大半の人たちが初めて"演じること"に挑戦しました。主役をした友だちが本当に舞台女優になったことは、私たちの自慢です。  "情熱"と"ひたむきさ"―いくつになっても失いたくないな、最近の私はどうだろうか、と考えました。今の私は"情熱""ひたむきさ"よりも"穏やかさ""安定"を大事にしているかもしれません。大人になると、情熱的であることが大人げないと思われている方も少なくないでしょう。  娘は学童で一輪車に出会い、少し早い誕生日プレゼントとして一輪車をもらいました。朝起きると、玄関に置いてある一輪車にまたがり、学童では学童の一輪車で練習し、私が園から帰ってくると、少しの時間ですが"練習につきあって"と言われます。"情熱"です。"ひたむき"です。でも休みの日に一緒に練習していると、私も夢中になり、ついつい声が大きくなってしまう自分がいました。家でも幼稚園でも、子どもたちから"情熱"をいただいているなと、あらためて思いました。  イエス様は、おそらくとても穏やかな方だったと思います。イエス様のイメージとしてアンケートをとったら、きっと"穏やかさ"は上位に入ることでしょう。けれども、私はイエス様の中に"穏やかさ"や"優しさ"だけでなく、"情熱"や"強さ"を感じます。特に、イエス様の語られている言葉を読むと、きっと語り口調は穏やかだったと思いますが、その心にあふれる熱いものを感じるのです。

"しかし、わたしが与える水を飲むものは決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水が湧き出る。"  ヨハネによる福音書4:14

尽きることのない力の源であるイエス様を感じませんか?私たち大人も情熱的であっていいのです。一生懸命に、ひたむきに、何と言われようと夢中になっていいのです。実家のリフォームが終わり、そこに私の残したものは全てなくなりましたが、懐かしい品々を通して大事なものを見出した気持ちになりました。夏休みが終わり、2学期が始まります。イエス様から決して渇くことのない水をいただき、思いを込めて一日一日を過ごしていきましょう。

主幹保育教諭   黒坂 綾子

2017年9月 1日(金)

『2018年度認定こども園募集要項』を掲載しました。
入園案内のページからご覧ください。

本日9月1日より入園相談の申込を開始しました。
入園について個別にお話しする機会となりますので、入園希望の方は申込してください。
申込は園受付にて行っております。電話での予約はできません。
10月18日(水)・20日(金)・23日(月)・24日(火)・26日(木)のうち事前予約制。
施設型給付の幼保連携型認定こども園として、入園手続きについて保育料の面からも利用時間の面からも複雑になっています。
基本の保育料もご家庭の市民税額によって異なりますし、利用時間、給食費、兄姉の有無についても様々な面から検討してみる必要があります。
当園の保育をよく理解していただいた上で、それぞれのご家庭にあった認定と入園手続きの相談をしています。

2017年7月28日(金)
信じて見守る
 この春中学に入学した卒園児のお母様に久しぶりにお会いしました。その方は、お子様の成長に繋がる経験を親子共に園で学んだことへの感謝を述べてくださり、心暖まる再会の時となりました。保護者のお話を聞き、喜んでいた数日後に、そのお母様から一通の手紙が届きました。立ち話では伝えきれなかった思いの丈がそこに綴ってありました。その一部に、親の思いでも努力ではなく子ども自身が今通学している中学校を自ら選び、自ら受験勉強に取り組み進学することになった原点には、捜真幼稚園で「自立心」を身につけ、夢中になれるものに突進できる子どもへと親子で学び成長できたこと、そして今通わせている学校と、捜真幼稚園が大切にしていることの類似点が詳しく書かれていました。また別の一文に「信じて見守る」ことを後押ししてくださった先生の言葉とありました。改めて、一番難しいが常に心に留め大切にしてきた言葉に触れ、見守る保育を続けてきて本当に良かったと喜びみをかみしめた瞬間でした。幼稚園時代は決して先頭に立って行動するタイプではなく、どの様になっていくのだろうかと心配しながら、時には不安を抱きつつ、それでもその子が興味を示したことに寄り添い見守っていたお子様でした。それゆえ今回お手紙を頂き、今は見えない秘めた子どもの力を信じ、今あるその子自身の姿の中にこそ、その子が育つ力があると信じ、見守ることの大切を再確認することができました。   信じて見守ることは、園が創立以来大切にしてきたことです。なぜなら聖書にも書かれているからです。初代のキリスト教を布教するために多大な功績を挙げたパウロは、自らの力を持って信者を教育するのではないと下記の様に述べています。


『この頭の働きにより、体全体は、節と節、筋と筋とによって支えられ、結び合わされ、神に育てられ成長してゆくのです。』
コロサイの信徒への手紙2章19節


  頭とは神様のことです。パウロは自身の力で、周りの人を育てようとはしませんでした。一人一人が自らの力を持って自らを支え、成長していく様に育ててくださる神様の力に委ねていたのです。誰かの力をではなく神様が育ててくださることによって、私たちの体は自らの節と節、筋と筋が自らを支え強められ成長していくのです。だからこそ育てるとは、育ててくださる神様を信じ、その人の信じ、祈りつつ見守ることなのです。

 パウロの様に、子どもの育つ力を信じ、待つ事は難しいものです。時にはすぐにああしなさいと口を挟み、こうするのよと手を出し、子どもが願うことでなく、親が願うことを子どもにさせることで見守っているとカン違いしやすいものです。パウロの言う成長とは、自らが自らを支え強められていくことです。親の助けや思いによらず、自ら考え行動し自分なり試行錯誤し経験できる様に、私たち大人は子どもの力を信じ見守ることなのではないでしょうか。
  お子さんと過ごすことが増える夏休み、成長させてくださる神様に委ね、子ども自らが自らを育てる力を信じて、見守ってみてください。その先には、自らが自らを支える力を身につけ、成長したことによって得られる充実感に満ち溢れた子どもの笑顔が見られるはずです。子どもたちの成長を見守る大人へと、自らも成長させてくださる神様に祈りつつ皆様と共に歩みたいと願っております。
  

副園長 岡野 きよみ

2017年7月 5日(水)

日時:7月14日(金)10:40-12:00
 場所:新教育館2階PTA図書室
 内容:それは心配する必要があることですか?
 講師:小野 慈美先生

※捜真幼稚園の関係者はもちろん、どなたでも自由にいらしてください。

2017年7月 3日(月)

「愛を欠いた正しさの怖さ」
  
「怒るのに遅いようにしなさい。人の怒りは神の義を実現しないからです」(ヤコフの手紙゙1:19-20)。
千葉県香取市の「伊能忠敬記念館」の一角に、南を上にした「上下さかさまの世界地図」が展示してあります。わたしも同じ地図をオーストラリア旅行をした知人からお土産にいただきました。"宇宙には上も下もないのだから、南が上でも良いではないか"という皮肉をこめたユーモアでしょう。さらには、"同じ世界でも視点を変えると全く違って見える"ということをも示しています。今、手近に世界地図・日本地図があったら是非さかさまにして見てください。北が上の地図を見慣れている目には違和感があり、どうしても北を上にして見たくなります。しかし、南が上の地図が「間違っている」わけではありません。(ただし、オーストラリアでも、学校や日常生活では北が上の一般的な地図が使われているそうです。)
「人間関係を壊すのは『正しい人』である」というのがわたしの持論です。つまり自分の見え方だけを正しいとし、他の見え方は間違っていると決め付ける人がトラブルを起こします。「私はこのように考える。私にとってこれは違和感がある」と主張することが悪いのではありません。上下さかさまの地図を見たときに、最初から「間違っている」と決め付けることが問題なのです。自分の認識が少なくとも部分的・一面的であることをわきまえていれば、より真実なことに出会い自分の不十分さや間違いに気づいたときに改めることもできますし、考え方を広げることもできます。しかし「正しい人」はいつでも自分の見え方だけが正しいと思うので、異なる意見や考え方に出会うと、それは相手が間違っていることになり、相手を正そうとばかりするので、対話は難しくなります。
「愛」とは、相手の存在を尊重し相手の立場に立って理解しようと努めること、言い換えれば、相手の視点からも現実を見ようとすることです。相手が「さかさまの地図」を提示したとき、たとえ違和感を覚えても、必ずしも「間違った地図」ではないかもしれないと留保することです。私は園の教職員に常々このようなことを言っています。「子どもは成長途上ですが、不完全な人間ではありません。三歳には三歳の人格があります。子どもの人格を尊重し敬意を払いましょう。たとえおかしな言動でもそれを大人の視点で頭ごなしに叱るのではなく、子どもの目線で、しかも、子どもの側に立ってどのように見えているのか、どのように感じているのかを理解することに努めましょう。」そうすれば、より適切な関わりができるし、更に、大人は子どもから学ぶことさえできるのです。このような態度は、子どもに対するときに限ったことではありません。個人であれ国家であれ、真実を求めるのではなく、自分の正しさだけに固執することは、他者への敬意を欠いているのであり、関係を壊すのです。
さて、ここまで読んできて、「この文章をぜひあの人にも読ませたい」と思い当たる人が身近にいるかもしれません。でも、そう思うあなたは「正しい人」になってはいませんか?自戒をも込めて・・・。  
理事長・宗教主事 小野 慈美

2017年6月 1日(木)

新しい力

「新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長持ちする。」
マタイによる福音書 9章17節
 

 先日新聞に、「中学3年生の発言で、その場の雰囲気ががらっとかわった」という記事が載っていました。ある地域でランダムに選ばれた住民の会議が開かれたそうです。テーマは「地域の過疎化をどう防ぐか」今はこの問題を抱えている自治体は多くあることでしょう。つまり、どのようにしたら、人口流出を防ぐことができるのかという問題です。しかしこの議論の途中で、中学3年生の子どもが「なぜ、人口が減ってはいけないのでしょうか。人口が減っても、そこに暮らす人が暮らしやすい場所にしていけば良いのでは」といった発言をしたそうです。すると今まで後ろ向きだった議論が、前向きに変わり、東京から近いのだから、週末に過ごす家を提案したらなど、いろいろな案が出たそうです。
 これからの世界を生きていく子どもたちはまさに、この新しい力が求められていくでしょう。今の大人世代は、到底解決できないような問題が山積しているのに、互いに敵対して事態を悪化させています。自分を正当化するのに躍起になって、相手を攻めています。そんな時、イエス様のみ言葉は私たちに大事なことを教えてくださいます。当時のユダヤ教徒たちは神様のみ言葉を自分たちなりに(大昔に)解釈した律法にしばられて生活していました。ですから、この律法を守れない人は社会的に蔑まれていました。しかしイエス様は、この社会的弱者の友となり、無意味な律法をご自身も破って見せたのです。神様の御心は古くありません。現代の私たちが抱える問題を解決するには、神様の御心を祈り求めつつ、使えるものを総動員して新しい発想をし、新しいシステムを構築し、実行していかねばなりません。神様の御心は「神と人を愛すること」です。このことさえしっかりと持っていれば、日々幼稚園で発想豊かに次々と遊びを繰り出し、試行錯誤を続けている子どもたちは、未来を受け継ぐ人と成長していけると信じています。
 子どもたちは毎日、自主的に創造的に遊びに取り組んでいます。時には挫折も味わい、悶々とした日も過ごします。しかし、必ずそれを乗り越える力を神様は備えてくださいます。そして、大人に言われたからでなく、自分で解決することを体験し、初めて新しい力を身につけていくのです。今年度もどんな挫折があり、どんな大逆転が待っているのか、わくわくしながら、見守っていきましょう。

園長  寺田 千栄

2017年4月28日(金)

5月3日(祝)10時~14時で教会バザーが行われます。
様々な売り場が出店されたり、コンサートや楽しいイベントなどが行われています。
園も製作品の販売や幼稚園コーナーでの園紹介を行いますので、ご家族・お友達をお誘いあわせの上、遊びにいらしてください。
幼稚園コーナーでは、例年、卒業生が先生たちに会いに来たり、園に関心をもっているご家族連れが初めて来園し、園の様子を先生たちに気軽に尋ねたりしています。

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2017年4月28日(金)
お祈り
♪おいのりはね まいにちするんだよ オッケー

いつもイエス様が きいててくれるから♪ (『友よ歌おう』より)

こども賛美歌"三つの約束"の一節です。初めての礼拝の時や、お祈りについてのお話をする時に歌われる先生も多いのですが、私も大好きな讃美歌で、日常の生活の中でもついつい口ずさんでしまいます。
この春、入園して初めて祈ることを経験した子どもたち、保護者の皆さんも沢山いらっしゃることでしょう。手をあわせ、目を閉じて、保育者の祈る言葉に耳を傾け、小さな声で"アーメン"と唱える子どもたちの姿は、神様の祝福に満たされています。園で祈ることを日々重ねてきた子どもたちが、ご家庭で食事の前に祈ったり、体調を崩しているお母さんの枕元で祈ったりしている、という話をよく聞きます。神様と出会った子どもたちは本当に小さな伝道者だと思わされます。私が1年目に担任したクラスの保護者の方は、ご夫婦でバプテスマを受けクリスチャンとなられました。「自分たちを導いてくれたのは園に通う娘です。」とおっしゃられ、驚きをおぼえました。けれども、それからまもなく、園の子どもたちに導かれ、私もバプテスマを受けました。その当時も今も感じていること、それは日々の生活の中に祈りがあり、その祈りに安らぎ、豊かにされていく子どもたちの中に神様の素晴らしさがある、ということです。私たちのお祈りは、願いばかりだったり、つぶやきだったり、決して立派なものではありません。でもそれでいいのです。立派である必要は全くありません。祈りは、今の私の心の内を、そのままに神様に打ち明けること、素直にお話しすることなのです。その祈りを、いつもイエスさまがきいていてくれるのです。
私の娘はこの園を卒業し、4月から公立小学校に通い始めました。今までの環境との違いに戸惑うこともあるようですが、一生懸命に乗り越えながら過ごしています。その娘が「小学校と幼稚園が違うところ、見つけちゃった。」と少し寂しそうに言いました。そしてその後に「小学校にはお祈りがないよ。」と。私はとても驚き、娘の心の中で起っていることを思い、胸が熱くなるのを抑えながら、「あなたがどこにいても、どこの小学校でも、神様は一緒にいてくださるのよ。だから大丈夫よ。」といいました。そして、娘を抱きしめ、祈りました。それから毎晩、夫と娘と私で祈りの時をもっています。意識して、その時間を持つようにしています。両親が、それぞれ自分のために祈るその祈りをきいて、"アーメン"とささやく娘の心が、神様によってますます豊かに導かれますようにと、また祈りが生まれてきます。

 イエス様、いつもきいていてください。

小さな子どもたちのまっすぐな祈りを...

子どもと共にある私たちの切なる祈りを...

主幹保育教諭 黒坂綾子
2017年4月 5日(水)

入園式・1学期始業礼拝は4月11日(火)です。
2号・3号・1号預かり保育は月曜日~土曜日、7時半~18時半で実施しています。

2017年度子育て支援事業(ひかりの子・ベビークラス・ジョイジョイ)日程、2018年度入園準備についてはそれぞれのページをご覧ください。


4月1日から新年度保育が始まり、新しい子どもたちも登園していますが少しずつ園での生活に慣れていく毎日です。
園庭の桜はもう少しで満開です。(写真は今朝の様子)入園式の頃には見頃となっていることでしょう。

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