7月園だより
探しなさい そうすれば 見つかる
入園当初は泣いて「お家に帰る~!」「ママがいい!」と全力で訴えていた子どもたちも、今では「ここがわたしの場所」と園での生活を受け入れて、安心して遊びこむ姿が見られるようになりました。園を安心できる場所と感じて受け入れることは、子どもたちにとって簡単なことではなかったと思います。
朝の支度の時に年少組のお部屋に来てくれて支度を手伝ってくれる年長組さんがいました。身体も立派に大きくなった年長組さんは年少組さんの目線に合わせるためにしゃがんで優しく声をかけます。「さあ、うわばきはいてみようか!」「次はリュック開けてみよう」と決して急がせることなく、その子のペースに合わせてゆっくりお手伝いする姿がありました。大人がいくら同じように声をかけても「ママがいい!」の一点張りだった人も先輩の声はしっかりと受け入れて、しくしくしながらも支度を始めようとする姿がありました。そして先輩は後輩にこう伝えます。「わたしも年少の頃はいっぱい泣いてたんだよ~」と。
今月与えられた聖書の箇所はマタイによる福音書7章7節『求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。』です。ここでは神さまは私たちが熱心に求めるならば、必ずそれを与えてくださる。ということを言っています。先日、小野先生が礼拝の中で、聖書が語る「罪」について話してくださいました。聖書が示す「罪」とは一般に言う犯罪を示す意味ではなく「自己中心性」であるということを教えてくださいました。「罪」=「自己中心性」だとすると、私たちが自分中心のことを求め神頼みしても必ずしも与えてくれる訳ではないことがわかります。そして、この箇所は12節で『だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい』と続いていきます。私は朝の支度を手伝ってくれる年長組さんの姿を見たとき、この12節の聖句をすぐに思い出しました。自分も年少の頃はいっぱい泣いていたけれど、先輩である年長組さんに助けてもらったなあ…やさしくしてもらったな…。そのことが嬉しくて、忘れられなくて、年長組になった今、自信をもって年少組さんを助けたい、喜んでもらいたい、そんな気持ちが育っているのだと感じ、嬉しく思いました。人は一人で生きるのではなく、周りの人と共に生き、そして周りの人の喜びが自分自身の喜び、慰めとなるのだと、子どもたちの姿を見て、改めて感じさせられます。園での生活を通して、周りの人へのやさしさを育み、喜び合える日々を過ごせることを願っています。
主幹保育教諭 伊藤香奈
