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9月園だより

失くしたお財布

『 見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください。 ルカによる福音書15:6 』
もう8年程前のことになります。その出来事は、親戚の結婚式の日に起こりました。祝福に満ちたムード、久しぶりに会う親戚たち、美味しいワイン、幸せいっぱいの気持ちで式はおひらきになりました。私たち家族は親戚と別れタクシーに乗り込みました。「あれ、お財布がない」夫のつぶやきに、それまでの華やいだ空気は一変しました。
次の日はお財布探しでした。結婚式場までに寄った場所、歩いた道を巡りました。車を降りて心配そうに歩いていく夫を見ながら、私は手を組んで声を出して祈りました。「神様、どうか見つかりますように。」隣で、娘も祈り始めました。「神様、どうかお財布を出してください!」今思うと笑ってしまうような祈りですが、その時は真剣でした。お財布には、免許証はなかったものの、クレジットカード数枚、群馬の施設にいる母のためのお金がはいっていました。決して嬉しそうではない表情で戻ってきた夫の姿に、私も娘もがっかりしました。すぐそばに交番があり、そこにも行ってみると主人が車から降り、娘が「私も行く!」と飛び出していきました。ひとつひとつ希望が消えていきましたが、そんな時でもお腹はすき、お通夜のような昼食をとり家に帰ろうとしました。このまま家に帰ったら、夫婦喧嘩が勃発してしまいそうだと考えていると、娘が公園で遊んでから帰りたい、というので車を停め、三人で公園にむかいました。
家で心配していた母のことを思い出し、私は携帯を手にとりました。見つからなかったことを伝えると、母は思いもかけないことを言いました。「タクシー会社には電話した?タクシーの中で、探しているうちに落としたとか、持っていたのに座席に置いちゃったとか。酔っている時には何をしているか分からないものよ。」私たちは、タクシーに乗った時点でお財布はなかったと思っていたのですが、早速タクシー会社に電話をしました。お財布の色、形、メーカーを伝えると、カードに記載されている名前を聞かれました。主人の名前を伝えると、「あっ、これですね。」と言われました。私は娘と遊んでいる夫のところまで走り、背中を思いっきり叩き、声にならない声で「あった!」と言いました。すでに泣いていた私を見て、娘もお財布が見つかったことを知り三人で抱き合って喜びました。その後、磯子のタクシー会社でお財布を受け取り、感謝して岐路につきました。「今日は乾杯だね。パパ、次は出てこないから気を付けてね!」という娘の言葉に、反省している夫でした。
見失った羊を見つけ出した羊飼いの喜びを、私たちも日常の生活の中で味わうことがあります。私も当時、これほどまでの喜びなのかと、あらためて御言葉の恵みを頂きました。このたとえ話の“羊飼い”は、“イエス様”のことです。聖書が伝える喜びは、“嬉しさ”や“楽しさ”とは違います。その喜びは、胸が押しつぶされるほどの葛藤、ひれふすような祈りと痛みの先にあるものでした。主イエスの命を超えた喜びが、今、私たちひとり一人に向けられていることを、驚きをもって皆さまにお伝えしたいと思います。

副園長 黒坂綾子

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